vol.26 時はゴムなり。

インドネシアでは、ゴムの時間と言って、時間は伸びたり縮んだりする。

日本で、インドネシア語の先生からこう聞いたときは、それは哲学的な意味?なんてとぼけたことを思っていましたが、全然違いました。
インドネシアの時間は、チューインガムよりも伸びます。

会議の開始時間に誰もいないのは当たり前。
「今からうちでパーティーだからおいでよ!」と誘われて数十分後に行くと、もちろん準備中。
飛行機だって、航空会社様を問わず堂々と何時間も遅延します。インドネシアにお越しの際は、乗り換え時間に余裕をお持ちくださいませ!
業務の開始時間ですらアバウトで、未だに保健局や診療所の始業時間がよくわかりません…。
タイムカードはあるんです、しかも、いいものだと指紋認証!
なのに、みんな来る時間も診療開始時間も日によってまちまちです。
逆に言われた時間通りに私が待ち合わせ場所に行くと、「9時って聞いたから10時頃に来ると思ってたよ!」と言われることも…。日本人は言われた時間にちゃんと来ますよ。
最初は、この感覚がつかめなくて、私は日本人よろしく時間通りに集合場所に行っていましたが、最近は学習しまして…、
会議や集まりの類は、予定の約1時間半後に始まるのが相場のようです。たぶん。
私自身は重度のギリギリ人間でして、
日本では、一分一秒を争って仕事やアルバイトのタイムカードを切ったり、
全速力で駆け抜けて電車に駆け込み乗車も日常(※危険です)。
ギリギリアウトと見せかけて、優しい運転手様がドアを開けてくださって命拾いしたこともある身としては、なんでもセーフな社会はなかなか新手です。
(姫新線と大阪・阪和線各停の運転手様には、大変お世話になりました…特に姫新線林野駅、勝間田駅、津山駅では、高校時代何度も救っていただきました)
この時間の感覚は、いわゆる途上国あるある、のようで、インドネシアだけではありませんが、あまりにものんびり過ぎていく日々。
私は長年、時計を愛用しておらず(看護業務を除く)、腕時計どころか掛け時計もなく、携帯電話のアラームとともに生きていますが、
そのアラームすらあまり意識しなくなりました(※朝はちゃんと起きてます)
こんなことでいいのか私!と思うけど、

こんなことでいいのかもしれません。
時間に追われることなく、電車に乗り損ねることもなく(そもそもロンボク島には電車も汽車もない)、
空の明るさに合わせて生きる。
とても自然で、思いの外脱・ギリギリ人間ができ、ゆとりのある生活です。

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そんなある日。
海岸でお祭りがあるよ!15時に集合ね!と、活動先のスタッフ様からお誘いがありました。
いつも通りに、集合場所は16時半頃だろう!と踏んで、でも念のため、ちょっと早めの15時20分頃に集合場所に到着。
予想通り誰もいなかったので、用意していた文庫本を読んで待っていました。
もちろん、いくら待っても誰もこない。
待つのにも飽きてきた頃、たまたま通りがかった顔見知りの人に声をかけると、

「みんな13時に出かけたよ?」と。

な ん だ と…!
言った時間より早いなんて、新手すぎ‼︎

どうやら、ゴムの時間というのは、伸びるだけでなく縮むようです…。
伸びるのはともかく、縮む感覚はいまだに相場がわかりません。
インドネシアでの生活は、日々新感覚です…。