vol.17 狭い心はどこまで広くなれるのか?

ある日のこと。
その日は、雨季にもかかわらず、午後から断水、というミスマッチな状況。
当時、ロンボク島に来て約1ヶ月。
水が出にくい日はあったけど、本格的な断水はその日が初めてで、トイレの水を流すために(我が家は手動水洗)ちょっとだけ貯めていたバケツの水と、有料の飲料水が、私の持っている水のすべてでした。
同じ地域で活動している先輩から、ときどき断水するよ、と聞いていたけど今まで何もなかったので、高をくくっていたところの不意打ちです。
手桶2杯のわずかな水で顔を洗い、頭をすすぎ、タオルで身体を拭く。暑くて日中さんざん汗をかいたのに、汗が流せないこのもどかしさ。
そうしたら、雨が降り出したので、玄関の外で、貯水のために桶とバケツを外に出して、雨水を貯める、という非常に古典的なことを試みました。

しばらくして外を見ると…バケツがない!
驚いていると、近くにいた兄ちゃんが、「あそこの家の人がバケツを持って行ったよ」と指をさす。
おいおいおい!見てないで止めろや!人のもんだぞ‼︎
雨の中近所のおばちゃんの家に行くと、井戸の横にある水道で(水道の水源は井戸の水と思われます)、勝手に私のバケツを使っていました。

ちょうど、インドネシアでの生活に、中途半端に慣れてきて、人々の苦手な所も目につくようになっていた矢先。
日頃のうっぷんも合わせて、おばちゃんに食ってかかりました。
「それ(※バケツという単語がわからなかった)、私の!なんで持っていくん!?」
「水がないんだよ。だからバケツを使うんだ」
「うちだって水ないわ!だから外で水集めてたのに!」

ひとしきり怒ったものの、自分の語彙のなさもあいまってろくに話にならないので、後で返せや、と言い放って家に戻りました。

そしたら。
数十分後、おばちゃんが返してくれたバケツには、きれいな水がいっぱい。
「これで、水使えるだろ」
ニヤっとされた。

おばちゃん、怒ってごめんなさい。
そして、ありがとう。
あまりに感動して、晩ご飯に食べていたドーナツの余り(※いただきもの)を渡そうとしたら、
「いいよいいよ!お腹いっぱいだから!」
その言葉に、バケツと私の胸がいっぱいになりました。

私、怒るのやめにしよう。
心、広くなって日本に帰ろう。
そう誓った、初めての断水でした。

さてさて、あれから数ヶ月。
私の心が広くなったかと言えば…相も変わらず、しょーもないことでイラァときたり、お口が滑ったり、相手を言い負かしたり、いろいろとやらかしています。
(※少しずつインドネシア語がわかるようになってきたので、お口もどんどん達者になってきました。いいことなのかはわかりません…)
異文化の中では、日々予想外の展開だらけですが、少々の停電や断水やインターネット(SIMカード)切れを気にしなくなったことや、
ちょっとだけ、相手の行動の意図を考えるようになったことや、
不快に感じた場合はイラァとするだけでなく、不快に感じた理由を説明し、理解を得られることも出てきたのが、ほんの少しの進歩でしょうか。

さて、私の心はどこまで広くなれるのか。
一進一退しながら成長しようとする自分が、我ながら楽しみです。

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